緊急事態が日常化 世界をおおう食料高騰と貧困の波

ソース: 朝日新聞 SDGs ACTION!/ 画像: - / 著者: 井出留美

Getty Images

ガソリンは6割近く、卵は3割以上値上がりした米国

原油価格の値上がりとロシアのウクライナ侵攻による食料危機が、世界中で物価の高騰を引き起こしている。世界で最も豊かな米国でも、高騰するガソリン代や食費が、ぎりぎりで生活している低所得者層に大きな打撃を与えている。

米国の2022年6月の消費者物価指数は前年同月比9.1%と、約40年半ぶりの高水準となった。ガソリンは59.9%、食品も10.4%値上がりした。食品では肉や魚がかなり値上がりし、特に卵は33.1%の上昇となっている。米国のシンクタンク「アーバン・インスティテュート」の調査では、米国の成人の6人に1人が食料支援に頼っている。

米国の消費者物価指数(CPI-U)の推移 (前年同月比)

出典:米労働省

米国公共ラジオ放送(NPR)によると、フルタイムで働いている人も無料の食料を求めてフードバンクに来るようになっている。信用金庫に勤めるある女性は、このインフレが起こるまでフードバンクに来たことはなかった。あるスクールバス運転手の夫婦は外食をやめ、フードバンクに通って生活費を切り詰めている。これはコロナ禍でも見られなかったことだ。

フードバンクにも変化が生じている。コロナ禍でオンライン注文が普及したため小売り側の在庫管理が効率化して余剰食品が減り、フードバンクへの食品寄付が激減しているのだ。急増する需要に応えようと独自に食品を購入しているが、過去40年間で最悪のインフレで経営状況は悪化している。支出が前年比で5倍になったところや、食品を低価格のものに切り替え、食料提供の回数や量を減らすところもある。2022年6月、米国農務省は、食料支援を強化するために20億ドル(約2200億円=2021年の年間平均相場で計算)の追加予算を発表した。

食料支援は、本来、緊急対策だった。だが、コロナ禍もロシアによるウクライナ危機も終息が見通せず、緊急事態が日常となってしまった。ちょうど「百年や千年に一度の異常気象」が日常化していったように。

英国は子ども支援「ホリデー・ハンガー」に約19億円拠出

欧州でも状況は同じだ。英国の2022年6月の消費者物価指数は前年同月比9.4%増と、こちらも1982年2月以来の高水準となった。4月には電気が53.5%、ガスが95.5%値上げされている。光熱費の負担増は、年間約700ポンド(約11万円)にもなり、生活に重くのしかかる。

英紙ガーディアンの調査によると、過去1カ月間に丸一日食事を抜いたことがあると回答した英国人は200万人以上。2022年1〜3月のあいだに食事を減らしたり抜いたりした家庭の割合が57%も増え、成人の7人に1人(730万人)が食料不足と推定されるという。

英国のフードバンクを支援する慈善団体トラッセル・トラストによると、2021年10月から翌年3月のあいだに食料支援を求める声が劇的に増え、ネットワーク内のフードバンクは半年間で120万個の食料小包を提供した。通常の年の1年分にあたる支援量だ。光熱費を節約するために「調理の必要な食品や冷凍食品を入れないで」と要求する人もいる。

慈善団体トラッセル・トラストのサイト

学校が長期休暇に入ると、一日一食の学校給食で食べつないできた貧困家庭の子どもたちは困窮してしまう。このため英国教育省は2022年、物価の高騰で十分な食料を確保できない9万8000人の子どもたちに、無料で食料を提供する「ホリデー・ハンガー(Holiday hunger)」に1260万ポンド(約19億円)の予算をあてると発表した。

パリで実施されたスープなどの無料食料配布=2020年10月14日(撮影・朝日新聞)

日本でもフードバンクに支援求める人続々

日本でも食料支援を受ける人が急増している。

広島市のフードバンク「あいあいねっと」の代表を務める原田佳子・美作大学教授は、2022年に入ってから個人支援の件数が急増していると語る。かなり深刻な状況での依頼が増えており、「1週間、砂糖をなめただけ」「子どもには食べさせているが、自分は3日間食べていない」「今晩、食べるものがない」「明日、電気が切れてしまう」といった声が聞かれるという。

富山県で「フードバンクとやま」を運営する川口明美さんのところにも、フードバンクだけでは解決できないような相談が増えている。生活がギリギリだったひとり親家庭や闘病中の人が、コロナ禍や物価上昇でさらに追い詰められるケースだ。川口さんは、今後も社会福祉協議会や行政の相談窓口と連携をとりながら食料支援につながるよう努力していきたいと語っている。

東京都庁下で毎週土曜日に生活困窮者への食料支援を続ける認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の大西連理事長は「ゴールのないマラソンみたいな感じ」だと語る。「支援を求める人数は減らず、このまま続くのか、それとも落ち着くのか、先が見えないのが運営側にはいちばんきつい」。6月は食料支援を求める人の数が500人を超える週が続いた。取材した日は14時からの配布に1時間も前から長蛇の列ができていた。

行列に並んでいた熟年男性は、「6年前にはボランティアとして弁当を配る側だった」と語っていた。コロナ禍で食料支援を受ける側となり、今回で並ぶのは13回目。野菜や果物がもらえるのがありがたいという。ここで食料を受け取ったら炎天下を30分以上歩いて池袋の食料配布に向かうそうだ。

女性も比較的多かった。生活保護を受けているが、子どもに知的障害があり、自身もうつ病を抱えていて、生活保護費ではとても足りないと嘆く女性もいた。

ボランティアの男性(20代)が、「もやい」での活動を通して、「幸せとか、生きるとか、そういうことを考えるようになった」と話していたのが印象的だった。

国内でも無料配布された食料を受け取る人は増えている(撮影・朝日新聞)

日本の2022年6月の消費者物価指数(CPI)は前年同月より2.4%上昇。2%を超えるのは2015年3月以来だった4月から3カ月連続だ。野菜や果物の値上げが目立ち、特にタマネギ95.8%、オレンジ28.8%、食用油36.0%と高騰している。

日本の消費者物価指数(CPI)の推移(2020年=100) 

出典:総務省統計局

数字だけ見れば、日本の物価高騰は、まだそれほどではないのかもしれない。だが、そもそも日本の平均賃金(2021年)は米国の約2分の1、英国の約8割にしかならず、水をあけられている。また、日本の食料自給率(2018年、カロリーベース)は37%と、米国(132%)や英国(65%)に比べて低く、輸入食品への依存度が高いところに、1ドル=140円台をうかがう約20年ぶりの円安水準を考えると、窮状は深刻度合いを強めている。

値上げをしなければと思いつつ、客離れを恐れてなかなか値上げに踏み切れない店も多いと聞く。専門家も「戦争による食料価格高騰の影響は今年10月から本格化」という。わたしたちも来るべき食料不安に備えておくべきかもしれない。

日本式の「自助>共助>公助」の社会保障では、こぼれ落ちてしまうものがある。日本にも、すでに貧困の波にのまれ、もがいている人たちがいる。JR新宿から池袋まで160円の交通費を惜しみ、炎天下に重い荷物を背負いながら食料支援を渡り歩く人たちが。